旅を終えたあと、その出来事を話すぼくはきっと生き生きしているから
はたから見ると「旅に出れる勇敢なやつ」だったり「恐れを知らない傍若無人」なんて思われるのかもしれない。
勇敢な海の戦士。
の様に、語り口は勇猛果敢、鼻高々。
それでも始まりはたまねぎ剣士。
ぼくはいま、ベトナム食器を輸入販売している。
商品を手に取るお客さんに旅の話をお伝えしては、その物語を含めてお買い上げ頂く訳だ。
ベトナムはフランスの文化圏だったから建物も食文化もデザインもフランスの価値観が混ざっている。だとか。
商品のバッチャン焼きはバッチャン村で造られて世界中に輸出されている。だとか。
ベトナム人は気高くて誇り高くて真面目で手先が器用。だとか。
一杯25円で呑めるビアホイの水みたいに薄いビールは街の排気ガスと熱気があるからうまい。だとか。
語り出したらとめどないそれらの旅物語は、たまねぎ剣士の成長期でもあるのだと思う。
それらは常に、好奇心と不安のシーソーが双方に傾いては引き戻されて
一歩を踏み出したり引っ込めたりを繰り返しているように思う。
そう考えると、ぼくは勇敢な海の戦士ではないことを知る。
それでも、震えながら踏み出したその一歩。その未来に
たくさんの人の暮らしとのご縁が生まれたんだ。
万里の道も一歩から。
先人はなんて秀逸で的確な言葉を残すんだろう。
話は、2018年12月ベトナム 首都ハノイ。
市街地でぼくを降ろしたバスを見送った、そのときのなんてことない時間から、書き始めてみよう。
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4車線の大きな道には、バイクやタクシーやバスなどが行き交っていて、それらのほとんどがクラションを鳴らしている。
その喧騒は、「旅」という言葉を具現化したような形に見える。
ぼくはいま、異国の地で且つ未知の国、ベトナムに立っている。
と、ただそんなことだけで自分自身を褒めてやりたいと思うくらい、ぼくは、不安だったのだ。そして、その不安というものは立て続けに現れる。
まずぼくは、、道の向こう側に渡れない。
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ハノイの空港で、日本からプリントアウトしてきた宿までの行き方を示すA4用紙を穴が開く程、凝視する。
「どこに行きたいんだい?」と話しかけてくるベトナム人の、風貌から見て多分バス運転手。もしくは陽気な詐欺師だろうか。この宿まで。なんて話をすると
「乗ってけよ。ちょうどその近くまで行く。値段も同じだ」と、、
旅の始まりからダダ漏れる胡散臭さと、これぞ旅だと言わんばかりの出逢いに躊躇したことは、言うまでもないだろう。
「ちょっとマップ見せてみろ。」運転中の彼が言う。(ちなみに全ての会話は双方のつたなすぎる英語でのやり取りなのでニュアンスからの妄想である)
不安の中バスに乗るぼくは、空港で入手したSIMを携帯に入れ、googleMapで現在地と外に広がるハノイの街並みを交互に見合っていた。
このバスが一体どこに進んでいるのかを把握せずにはいられない。
運転中の色黒の運転手に、目的地までのルートを見せる。
「OKOK!任せとけ!!」とにこやかに親指を立てたのも束の間、「すまん、ちょっと一方通行ででそこの通りには行けない。ここで降りとくれ。」と。
料金をぼったくられた訳でもないし、なるべく近くまで向かってくれる雰囲気を醸してくれていただけで十分だろう。と、ぼくはバスを降りた。
後から知ったのだが、ベトナムでは路線バス以外にも多くのバスが走っていて、バスが最終的に向かう方向から外れなければ、臨機応変に目的地の近くで降ろしてくれる。日本では考えられないサービスだ、、
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ぼくの旅は買付を目的にしているものなので、旅の始まりから最大級のバックを担ぎ、飛行機の受託荷物サイズいっぱいのトランクをひきづっている。
4車線に行き交うバイク達は、水族館で見るイワシの魚群のようにも見える。
ぼくは、路傍に立ち尽くしながら、そんなことを考えていた。
その魚群達は止まることを知らずにずっと同じ方向へ突き進み続けていた。
そんなことを考えていても、向こう側に渡れないのだ。
周りを見渡せども横断歩道も信号機はない。
ならばどのように渡るのか??
しばらくすると地元のおじちゃんが向こう側に渡ろうと車道に近づいていく。
どうするんだろう?固唾をのんで見守る。とは、このことだろう。
、、?!!
おじちゃんは歩く速度を緩めず、一歩二歩と、突っ込んでいくではないか。
突っ込んでいくではないか?!!
イワシの魚群達たちは、そのおじちゃんを中心にして円を描くように隊形を変化させていく。巨大水槽に潜り魚に餌をやる飼育員さんや、いつか見た全身にミツバチを纏わせるミツバチおじちゃんのようにも見える。
なんて神々しくて、なんて異文化なんだろう。
そのおじちゃんにぼくも続いて車道に足を踏み入れてみる。言うまでもなく、恐い。
魚群を横からではなく、正面から見つめている自分がそこにいる。
なんというのか、海の中で目を開いて呼吸をしているような感覚だ。
不安と好奇心は常に行ったり来たりを繰り返していて
この踏み出す一歩は、これまでの自分と、未来の自分との境界線を超える様な感覚だった。
未知との遭遇を求めて、人は旅をしているのかもしれない。
知らないこと知る旅。
そうだ。ぼくはいま、旅をしているんだ。
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ベトナムなんて名前しか知らない異国の地に旅をしよう。
そんなことを考えた過去のぼくは、勇敢なやつで
旅を始めたぼくは先に進むことを恐れる小心なやつで
この魚群の道を歩き始めたぼくは、どんな自分になるんだろう。
こうやって、ぼくの初めてのベトナム旅は始まった。
話はまだ、飛行機を降りて市街地をただ歩き始めただけのところである。
2018年12月ベトナム首都 ハノイより
この旅で出会ったモノたちは こちら から。